結論から書きます。東京エレクトロンのFY2026/3(2026年3月期)は「売上高・純利益ともに過去最高」でした。しかし営業利益は−10.4%、経常利益は−10.9%の減益です。純利益だけが最高を更新したのは、政策保有株式を売って1,155億円の特別利益を計上したから。この一過性を除くと実質的な純利益は約4,858億円=前期比およそ−11%で、営業減益と同じ方向を向きます。つまり実績PER 43.4倍は「かさ上げされた利益」で割った数字で、実質は約51倍です。本記事では、決算短信・有価証券報告書の実データで、この「最高益の質」から、コータ・デベロッパ世界シェア91%という堀、中国比率34.1%への低下、そして2026年10月1日に控える1対5の株式分割までを、初心者にもわかるように図解します。
📌 会計年度と株式分割に注意:東京エレクトロンの会計年度は3月末締め、会計基準は日本基準(経常利益あり)です。同社は年度を「終了年」で表記するため、会社資料の「FY2026」=2026年3月期=本記事のFY2026/3で、ズレはありません(1年ズレるのはアドバンテストの方です)。最新の確定通期はFY2026/3。
⚠ 本記事の1株あたりの数値(株価・EPS・配当)はすべて2026年10月1日の1対5分割「前」の基準です。10月1日以降はすべて5分の1になります(株価54,500円→10,900円相当、EPS 1,254.57円→250.91円相当)。

株価54,500円(2026年8月7日終値)・自己株式控除後454,651,196株で算出。PBRは約11.7倍。会社は通期業績予想を開示していないため「会社予想PER」は存在しません(後述)。
ビジネスモデル概観:半導体を「つくる装置」を売る会社
半導体はシリコンウェーハの上に、膜をつけ、感光材を塗り、光を当て、いらない部分を削り、洗う——という工程を何百回も繰り返して作られます。このウェーハに回路を刻む工程(前工程)で使う装置を作っているのが東京エレクトロンです。売上の構成は大きく2つです。
- 新規装置の販売(FY2026/3で1兆8,172億円・売上の74.4%) … 顧客の工場投資(設備投資)に直結するため、景気循環の波をまともに受けます。中身はエッチング(削る)36%、コータ・デベロッパ(塗る・現像する)28%、成膜(膜をつける)20%、洗浄9%、ウェーハプローバ(検査する)5%。
- フィールドソリューション(同6,263億円・25.6%) … すでに納めた装置の保守部品・サービス・改造・中古装置販売です。顧客の工場の稼働率に連動するため、投資が止まっても比較的落ちにくい。FY2026/3は新規装置が−4.0%だったのに対しこちらは+16.3%で、増収をまるごと支えました。これがこの会社のクッションです。
顧客は世界の半導体メーカーで、FY2026/3はサムスン電子が売上の15.1%(3,681億円)、TSMCが12.9%(3,158億円)、2社で28.0%を占めます(有価証券報告書の開示値)。前期の23.3%から集中度が上がっている点は覚えておいてください。
1. 売上と営業利益の10年 ── 「谷が2回」ある会社
単位 億円。日本基準・連結。FY2020/3とFY2024/3が明確な「谷」。

売上は10年で7,997億円→2兆4,435億円と約3.1倍になりました。ただし右肩上がりの直線ではありません。FY2020/3(売上−11.8%・営業益−23.6%)とFY2024/3(売上−17.1%・営業益−26.1%)で、はっきり2回落ちています。半導体メーカーの設備投資は、市況が悪くなると真っ先に止まるからです。これはコマツのような建設機械と同じ「キャピタルグッズ(資本財)」の宿命で、SUMCOのウェーハほど極端ではないにせよ、好況時の数字をそのまま将来に伸ばしてはいけない業種です。
そして直近、FY2026/3の営業利益6,249億円は前期の6,973億円を下回っています。営業利益のピークはFY2026/3ではなくFY2025/3です。「過去最高」という言葉が指しているのは売上高と純利益だけ、という点をまず押さえてください。
データ表:10年間の売上高・営業利益・経常利益・純利益(億円)
| 年度 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | EPS(円) |
|---|---|---|---|---|---|
| FY2017/3 | 7,997 | 1,556 | 1,575 | 1,152 | 234.09 |
| FY2018/3 | 11,307 | 2,811 | 2,807 | 2,043 | 415.16 |
| FY2019/3 | 12,782 | 3,105 | 3,216 | 2,482 | 504.53 |
| FY2020/3 | 11,272 | 2,372 | 2,449 | 1,852 | 390.19 |
| FY2021/3 | 13,991 | 3,206 | 3,221 | 2,429 | 520.73 |
| FY2022/3 | 20,038 | 5,992 | 6,017 | 4,370 | 935.95 |
| FY2023/3 | 22,090 | 6,177 | 6,251 | 4,715 | 1,007.82 |
| FY2024/3 | 18,305 | 4,562 | 4,631 | 3,639 | 783.75 |
| FY2025/3 | 24,315 | 6,973 | 7,077 | 5,441 | 1,182.40 |
| FY2026/3 | 24,435 | 6,249 | 6,303 | 5,744 | 1,254.57 |
出典:各期決算短信・有価証券報告書。EPSは2023年4月1日の1対3分割を調整済(2026年10月の1対5分割は未反映)。
2. キャッシュフロー ── 稼いだお金はほぼ全額、株主に返っている
単位 億円。フリーCF=営業CF−設備投資(有形固定資産の取得による支出)。

営業CFは10年で1,369億円→5,397億円。フリーCFは10年間ずっと黒字で、累計2兆3,620億円を生みました。注目すべきは紫の財務CFです。10年間ずっとマイナスで、しかも年々深くなり、FY2026/3は−4,254億円と過去最大。この会社には借入金も社債もゼロなので、財務CFのマイナスは全額が配当と自社株買いです。10年累計の財務CF −2兆1,796億円は、同期間のフリーCFの92.3%にあたります。稼いだキャッシュをほぼ全部返している、という資本配分です。
なお、東京エレクトロン自身が公表する「フリーキャッシュフロー」は営業CF+投資CF(定期預金等の増減を除く)という別定義で、FY2026/3は4,332億円と「過去最高」になります。本記事は一般的な営業CF−設備投資で統一しているため3,308億円です。同じ言葉で違う数字が出回る典型例なので、どちらの定義かを確認する癖をつけてください。
3. 利益率の3本線 ── FY2026/3だけ「ねじれ」が起きている
単位 %。FY2026/3で営業・経常が下がるのに純利益率だけ上がっている点に注目。

10年を通して、3本の線はいつも同じ方向に動いてきました。営業利益率が下がる年は経常利益率も純利益率も下がる。当たり前です。ところがいちばん右のFY2026/3だけ、青と緑が下がっているのにオレンジだけが上がっています。
営業利益率は28.7%→25.6%(−3.1pt)、経常利益率は29.1%→25.8%。にもかかわらず純利益率は22.4%→23.5%に上がりました。本業が縮んでいるのに、最後の利益だけ増えている。この「ねじれ」の正体を次の図で見ます。
ちなみに営業利益率が下がった理由を、会社は粗利率の低下(47.1%→45.3%)は部材価格の高騰・製品構成の変化・海外サービスエンジニアの増員、営業利益率の低下は主に研究開発投資と説明しています。研究開発費は2,500億円→2,779億円(+11.1%、売上の11.4%)。将来のために意図的に使った減益であって、競争力を失った減益ではない、というのが会社の主張です。
4. 【核心】「過去最高純利益」の質を1枚で測る
日本基準では特別損益は経常利益の「下」に入る。この比率が跳ねた年は、本業以外の要因で純利益が動いている。

日本基準の損益計算書は、経常利益(本業+財務損益まで)の下に特別損益(資産売却益や減損など、その年かぎりのもの)を足し、税金を引いて純利益になります。つまり純利益÷経常利益の比率は、だいたい「1−税率」あたりで安定するはずです。
📘 この見方をもっと詳しく:「純利益÷経常利益」を数年並べて一時的な利益を見つける手法は、他社の実例とあわせて損益計算書の見方で解説しています。
実際、東京エレクトロンのこの比率は過去9年間72.6%〜78.6%の狭いレンジに収まっていました。ところがFY2026/3だけ91.1%に跳ね上がっています。原因ははっきりしています。政策保有株式を一部売却して、投資有価証券売却益1,154.94億円(特別利益の合計は1,207億円)を計上したからです。前期の特別利益はわずか0.31億円でしたから、完全にこの年だけの出来事です。
この一過性を除くとどうなるか。実効税率23.2%で税引き後を計算すると、実質的な純利益は約4,858億円=前期比およそ−11%。営業利益の−10.4%とほぼ一致します。「過去最高純利益」は、本業がよかったからではなく、株を売ったから生まれた見出しでした。
💡 この記事から持ち帰ってほしい読み方:「過去最高益」というニュースを見たら、①営業利益も最高か、②純利益÷経常利益(または純利益÷税引前利益)がいつもの水準か、の2つを確認する。この2つがズレていたら、その最高益は本業ではないところから来ています。同じ罠はSBIホールディングス(住信SBI売却益で実績PERが見かけ4倍になった例)でも起きています。
【速報・2026年7月30日】2027年3月期 第1四半期──「一時益なしの実力」が確認できました
本記事の核心は「過去最高の純利益なのに営業利益は減益。正体は政策保有株式の売却益1,155億円という一時的な利益だった」という指摘でした。その見立てが正しかったかどうかは、一時益のない四半期を見れば答え合わせできます。
| 2027年3月期 第1四半期 | 実績 | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 7,324億円 | +33.3% |
| 営業利益 | 2,114億円 | +46.1% |
| 経常利益 | 2,156億円 | +46.3% |
| 四半期純利益 | 1,643億円 | +39.5% |
| 1株当たり四半期純利益 | 361.36円 | (前年同期257.13円) |
前年同期は売上△1.0%・営業利益△12.7%と減っていました。そこから一転して、売上+33.3%・営業利益+46.1%。AI向け半導体の設備投資拡大が効いています。営業利益率も26.3%から28.9%へ改善しました。
★答え合わせ:純利益÷経常利益は「正常な水準」に戻りました
本記事では、この会社を読むときの診断値として「純利益÷経常利益」の比率を紹介しました。この比率は税率を反映しておおむね一定になるはずなのに、FY2026/3だけ91.1%へ跳ねていた——それが一時益の証拠でした。
| 期間 | 純利益÷経常利益 | 状態 |
|---|---|---|
| 過去9年間 | 72.6%〜78.6% | 安定(正常) |
| FY2026/3(通期) | 91.1% | 政策保有株の売却益で異常値 |
| FY2026/3 第1四半期 | 79.9% | ほぼ正常 |
| FY2027/3 第1四半期 | 76.2% | 正常レンジに復帰 |
比率は72.6〜78.6%というもとのレンジに戻りました。つまり今回の増益には一時的な利益が混ざっておらず、純粋に本業が伸びた結果だと確認できます。
逆に言えば、FY2026/3の「過去最高の純利益」は、やはり本業の実力ではなかったということです。この診断のやり方は損益計算書の見方で、他社の実例とあわせて解説しています。比率をたった数年並べるだけで、一時益は見つけられます。
中間期予想を上方修正、ただし通期予想はまだ出ていません
会社は同日、第2四半期(中間期)の予想を上方修正しました。
| 2027年3月期 中間期(修正後) | 予想 | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 売上高 | 1兆6,200億円 | +37.3% |
| 営業利益 | 4,580億円 | +51.1% |
| 当期純利益 | 3,490億円 | +44.4% |
ここで注意すべき点があります。本記事で「FY2027/3は通期の会社予想が存在しない」と書きましたが、その状態は続いています。会社は「通期予想は中間期の決算発表時に開示する予定」としており、期末配当額も現時点では未定です。
つまりいま出回っている「予想PER」は、アナリスト予想をもとにした数字であって、会社自身の予想ではありません。この違いは押さえておいてください。
財務は引き続き強固で、自己資本比率71.7%(前期末71.5%)、総資産2兆9,554億円です。
好調な今こそ、循環株であることを忘れない
売上+33.3%・営業利益+46.1%という数字は文句のつけようがありません。ただし半導体製造装置は典型的な景気循環産業です。前年同期が減収減益だったことがその証拠でもあります。
理論株価の計算方法で解説しているとおり、循環株では業績のピークでPERが最も低くなり、そこが株価の天井だったということが起こります。いま利益が急拡大しているぶん、EPSで割ったPERは低く見えます。この利益水準が何年続くのかを見立ててから判断してください。業界全体の循環性はAI半導体市場の全体地図にまとめています。
出典:東京エレクトロン「2027年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年7月30日)。
5. 何を作っている会社なのか ── 製品構成
単位 %。会社の決算説明会資料より。エッチングとコータ・デベロッパで約3分の2。

売上の主役はエッチング装置(36%)とコータ・デベロッパ(28%)です。エッチングは回路の不要部分を削る工程、コータ・デベロッパは露光の前後で感光材を塗り現像する工程を担います。会社はFY2027/3について「エッチング装置は通期の売上で1兆円が視野に入ってきた」としています(会社見通しであり確定値ではありません)。
用途で見ると、FY2026/3は非メモリ(ロジック・ファウンドリ)59%、DRAM 31%、不揮発性メモリ(NAND)10%。非メモリの比率はFY2024/3の66%から下がっていますが、これは非メモリが弱いのではなく、HBM向けを含むDRAMとNANDがそれ以上の速さで伸びているためです。HBMの世界についてはSKハイニックスの記事もあわせてご覧ください。
6. 堀の正体 ── 「塗って現像する」工程で世界シェア91%
単位 %。Gartner等の調査に基づき東京エレクトロンが作成した推計値(ウェーハプローバのみTechInsights)。実測値ではありません。

この会社を「関所」と呼べる根拠がここにあります。コータ・デベロッパで世界シェア91%。露光装置(ASMLのEUV)の前後に必ず入る工程を、事実上ひとりで押さえています。ウェーハプローバ38%、成膜27%、ウェーハボンダー27%も高い水準です。
ただしすべてで独占しているわけではありません。売上最大のエッチング装置はドライエッチング全体で23%にとどまり、ここはラムリサーチやアプライドマテリアルズと正面から戦う市場です(会社は「絶縁膜エッチングでは50%超」とも述べていますが、これは狭い区分での主張なので、全体の23%と混同しないでください)。洗浄装置も20%です。「1つの工程で圧倒的に強く、他は上位の一角」——これが実像です。
📌 シェアの数字の読み方:これらはすべて会社が調査会社のデータに基づいて自ら算出した推計で、監査を受けた事実ではありません。半導体装置のシェアは、分母を「前工程装置だけ」にするか「装置全体」にするかで大きく変わります。1つの数字を絶対視しないのが安全です。
7. 地域の地図 ── 中国は「比率が下がった」のではなく「実額で18%減った」
単位 %。有価証券報告書の地域別売上高(顧客所在地ベース)。

海外売上比率は90.2%。国内はわずか9.8%です。最大の市場は中国の34.1%(8,326億円)で、日本の製造業としては極端に高い集中度です。
ここでよくある誤解を1つ潰しておきます。中国比率はFY2024/3の44.4%をピークに、41.7%→34.1%と2年連続で下がりました。これを「比率が下がっただけで金額は減っていない」と説明する記事がありますが、事実は違います。中国向け売上は1兆150億円→8,326億円へ、実額で18.0%減っています。比率の低下は、韓国(+33.0%)と台湾(+21.7%)が急拡大して置き換わった結果です。この2か国で構成比は1年で33.7%→42.7%へ約9ポイント上がりました。北米は逆に−31.5%です。
つまり、成熟世代を買っていた中国が減り、先端世代を買う韓国・台湾(サムスン・SKハイニックス・TSMC)が増えたという顧客の入れ替わりが起きています。地政学リスクという意味では、日本は2023年7月に先端装置23品目を輸出管理の対象にしており、会社も有価証券報告書のリスク項目で明記していますが、売上への影響額は開示していません。数字がない以上、ここは「注意して見る」以上のことは言えません。
8. 株価と理論株価 ── 「EPS×15」がもう効かない銘柄
単位 円。2023年4月の1対3分割を調整済(2026年10月の1対5分割は未反映)。

当ブログではよく「EPS×15」を目安の理論株価として使います。利益の15年分、PER15倍という古典的な水準です。東京エレクトロンでは、FY2016/3〜FY2020/3までは実にうまく機能していました(乖離は+6%〜+16%、唯一の例外がFY2019/3の−30%)。
ところがFY2021/3以降、株価は理論値を大きく超え続けています。乖離は+100%、+50%、+237%、+13%、+98%……そして現在は理論値18,819円に対して54,500円=+190%。市場はこの会社を「PER15倍の会社」として値付けするのをやめたということです。前工程装置の寡占という構造が評価され、格上げ(リレーティング)が起きました。モノタロウやキーエンスで見たのと同じ現象です。
もう1つ、この図は循環株の怖さも教えてくれます。FY2024/3末(39,570円)で買った人は、1年後のFY2025/3末に20,110円(−49.2%)になりました。逆に、業績が谷でPERが50倍と「割高に見えた」FY2024/3や、PER17倍だったFY2025/3末が、結果的には良い入り口でした。循環株では、PERが低く見える時ほど危ないことがあります。
9. PERは「どの利益で割るか」で別物になる
単位 倍。分母をどの利益にするかで、43倍にも51倍にも31倍にもなる。

同じ株を、同じ日に、同じ株価で計算しても、PERはこれだけ変わります。
- 実績PER 43.4倍=FY2026/3のEPS 1,254.57円で割ったもの。多くのサイトが表示する数字ですが、この分母には1,155億円の株式売却益が入っています。
- TTM(直近12か月)PER 約40倍=Q1の好決算を足した最新12か月ベース。ここにも一過性益が残っています。
- 一過性を除いた実質PER 約51倍=売却益を税引き後で取り除いたEPS約1,061円で割ったもの。いちばん高く出ます。
- アナリスト予想PER 約30〜32倍=FY2027/3の予想利益で割ったもの。いちばん安く見えます。
ここで非常に重要な注意があります。東京エレクトロンはFY2027/3から通期業績予想の開示をやめました。理由は「一部の顧客の投資規模が極めて大きくなり、その動向が業績に与える影響が相対的に大きくなっている」ためで、開示は上期分のみ。通期予想と期末配当は2026年10月下旬のQ2発表時に初めて出ます。
つまり、株探やYahoo!ファイナンスに出ている「予想PER」は会社の予想ではなく、アナリストの予想です。しかもこのコンセンサスは、Q1発表の前後1か月で経常利益が9,251億円→1兆166億円へ約10%も改定されました。「予想PER30倍だから割安」と読むのは危険です。循環株では、予想PERが低いのは分母にピーク益が置かれているサインであることが多いからです(この罠はコマツの記事で詳しく扱っています)。
10. 直近の決算 ── サイクルは明確に上向いている
ここまで「最高益の質」を疑ってきましたが、足元の事業そのものは強いことも事実です。2026年7月30日に発表されたFY2027/3 第1四半期(4〜6月)は、売上7,323億円(+33.3%)、営業利益2,114億円(+46.1%、利益率28.9%)、経常利益2,156億円(+46.3%)、純利益1,643億円(+39.5%)。売上+33%に対して利益+46%=営業レバレッジがはっきりプラスに働いています。FY2024/3の谷では利益が売上の1.5倍の速さで落ちましたが、いまはその逆回転です。
同日、上期予想も上方修正されました(売上1兆6,200億円→+37.3%、営業利益4,580億円→+51.1%)。売上を+3.2%上げたのに対し、利益は+6.3%上げるという利益率主導の修正です。会社は下期についても「上期を大きく上回る成長を想定」としています(会社見通し)。
市場環境も強気です。会社はWFE(前工程装置)市場をCY2026に1,500億ドル以上、CY2027に1,900億ドル以上と見ており、「AIデータセンター向けがWFE全体の50%に達する勢いで成長」としています。第三者のSEMIも2026年7月15日の年央改定でCY2025実績1,169億ドル→CY2026 1,439億ドル(+23.1%)と大幅に引き上げており、両者の見方はほぼ一致しています。半導体全体の地図はAI半導体市場の全体像にまとめています。
11. 株主還元 ── 配当性向50.1%を10年続ける会社
配当方針は「連結配当性向50%程度、ただし年間1株50円を下回らない」。この会社はこれを本当に守ります。実績配当性向はFY2017/3から順に50.1%、50.1%、50.1%、50.2%、50.0%、50.0%、56.6%(60周年記念配当を含む年)、50.1%、50.1%、50.1%。ここまで機械的な会社は珍しく、裏を返せば「業績が半分になれば配当も半分になる」ということでもあります。実際、FY2024/3の谷では配当が570.33円→393.00円へ減配されました。高配当を期待して持つ株ではありません。
FY2026/3の配当は628円(利回り1.15%)、自社株買い1,500億円と合わせた総還元は4,374億円=純利益の76.1%で過去最高でした。2026年5月に設定された新たな1,500億円枠も、2026年8月3日に満額完了しています(平均取得単価は約61,930円で、現在の株価54,500円を約12%上回ります)。
財務は極めて健全です。借入金・社債はゼロ、自己資本比率71.5%、ネットキャッシュ約4,679億円。ただしリース債務が383億円あるので、「有利子負債ゼロ」と断定するのは正確ではありません(「借入金・社債ゼロの実質無借金」が正しい表現です)。
データ表:配当・還元・投資(億円 / DPSは円)
| 年度 | DPS | 配当性向 | 研究開発費 | 設備投資 |
|---|---|---|---|---|
| FY2022/3 | 467.67 | 50.0% | 1,583 | 573 |
| FY2023/3 | 570.33 | 56.6% | 1,912 | 744 |
| FY2024/3 | 393.00 | 50.1% | 2,029 | 1,218 |
| FY2025/3 | 592.00 | 50.1% | 2,500 | 1,621 |
| FY2026/3 | 628.00 | 50.1% | 2,779 | 2,160 |
| FY2027/3(計画) | 中間384・期末未定 | — | 3,300 | 1,900 |
DPSは1対3分割調整後・1対5分割前。FY2023/3は60周年記念配当66.67円を含む。FY2027/3の研究開発費・設備投資は会社計画。
「純利益÷経常利益」で一時的な利益を見抜く手順は、調整後利益・コア営業利益の見方でも他社の実例とあわせて解説しています。
配当を実際に受け取るには、当然ながら株を保有している必要があります。同じ考え方で選んだ銘柄を並べた高配当株ランキングTOP20と、口座ごとの違いをまとめたNISA対応の証券口座比較もあわせてどうぞ。
12. 半導体の「関所」マップ ── 前工程・後工程・材料の三者三様
同じAI相場でも、バリューチェーンのどこにいるかで利益率はまったく違う。数値はいずれもFY2026/3(SUMCOは2025年12月期)。

この図が示すのは、「AI相場だから半導体株はどれも同じように儲かる」わけではないということです。同じ2026年3月期に、後工程テスタのアドバンテストは営業利益率44.2%を叩き出し、前工程装置の東京エレクトロンは25.6%、材料のSUMCOは最終赤字でした。バリューチェーンのどこに立っているかで、同じ好況の分け前がまるで違います。
リスクと注意点
- 2026年10月1日の1対5株式分割:本記事のすべての1株あたり数値は分割前です。10月1日以降、株価・EPS・配当はすべて5分の1に表示が変わります(1株54,500円→10,900円相当)。データサイトによって再基準化のタイミングがずれるため、この時期は異なる基準の数字が混在します。
- 循環株であること:10年で2回、営業利益が2割以上落ちる谷がありました。株価は業績よりさらに荒く、52週レンジは19,870円〜81,260円と4.09倍。現在値は高値から−32.9%です。
- 通期業績予想が存在しない:FY2027/3から会社は上期しか予想を出しません。出回っている「予想PER」「予想配当利回り」はすべてアナリスト予想であり、実際に1か月で10%規模の改定が起きています。
- 顧客と地域の集中:上位2社で売上の28.0%、中国だけで34.1%。日本の輸出管理(2023年7月に先端装置23品目)に加え、報道ベースでは対象拡大の動きもあります。会社は売上への影響額を開示していないため、定量的な評価はできません。
- 保守サービスへの規制リスク(報道ベース):米国では中国拠点の既設装置への保守サービスまで制限しようという法案の議論があると報じられています。仮に成立すれば、収益のクッションであるフィールドソリューション6,263億円(売上の25.6%)に影響しうる論点です。法案の成立状況は流動的なので、断定はできません。
- 中期経営計画の営業利益率35%は届かない:目標年度は進行中のFY2027/3ですが、実績25.6%・上期予想28.3%からの到達は算術的に不可能です。会社自身も「チャレンジング」としています。
今後の展望
短期的には、サイクルは明確に上向いています。Q1で売上+33%・営業利益+46%、上期予想も上方修正。会社もSEMIも、WFE市場がCY2026〜CY2027に大きく伸びるという点では一致しています。AIデータセンター向けがWFE全体の半分に迫るという構造変化は、これまでのメモリ主導のシリコンサイクルとは違う需要の柱になりうるものです。
一方で、投資家として見るときの論点は「その成長がどこまで株価に織り込まれているか」に尽きます。実質PERは約51倍、PBRは約11.7倍。PBR11.7倍は日本の製造業として突出した水準で、フジクラと同じレンジです。市場はすでに「WFE寡占企業」としての高い評価を与えており、EPS×15の理論値からは+190%離れています。事業の質が高いことと、いまの株価が割安であることは、まったく別の話です。
次の確認ポイントは2026年10月下旬のQ2決算です。ここで初めてFY2027/3の通期業績予想と期末配当が開示されます。それがアナリストのコンセンサス(経常利益約1兆166億円)に対してどう出るかが、当面の最大の見どころになります。
まとめ
東京エレクトロンは、コータ・デベロッパで世界シェア91%という本物の堀を持ち、売上の4分の1を保守サービスというクッションで稼ぎ、借入金ゼロで稼いだキャッシュの9割超を株主に返してきた会社です。事業の質を疑う理由はほとんどありません。
しかしFY2026/3の「過去最高純利益」は、本業の力ではなく政策保有株式の売却益1,155億円によるものでした。営業利益も経常利益も減益で、純利益÷経常利益は9年間の72〜79%から91.1%へ跳ねています。この一過性を外すと、実績PER 43.4倍は実質約51倍に変わります。
そして2026年10月1日には1対5の株式分割が控えており、その直後は世の中に「分割前」と「分割後」の数字が混在します。「最高益」という見出しと、「PER○倍」という数字は、どちらも中身を開けてみないと意味がわからない——この銘柄は、その練習に最適な教材です。
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データソース & 検証
- 財務データ:東京エレクトロン「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年4月30日)、「2027年3月期 第1四半期決算短信」(2026年7月30日)、有価証券報告書 第55期・第57期・第59期・第60期・第62期・第63期(EDINET)、および各期の決算説明会資料。クロスチェックに IRBANK・stockanalysis.com。
- 一過性益:有価証券報告書 第63期「当連結会計年度の特別利益1,207億2千6百万円は、主に政策保有株式を一部売却し投資有価証券売却益1,154億9千4百万円を計上したことによるもの」。実質純利益・実質EPS・実質PERは当方が実効税率23.2%で計算した推計値であり、会社開示値ではありません。
- 株式分割:1対3=2023年4月1日効力発生(有価証券報告書 第63期 注2)。1対5=2026年5月29日決議・基準日2026年9月30日・効力発生日2026年10月1日(適時開示)。本記事の1株あたり数値は1対3調整後・1対5実施前。
- 市場シェア・WFE市場:決算説明会資料(Gartner「Market Share: Semiconductor Wafer Fab Equipment, Worldwide, 2025」2026年4月2日に基づき東京エレクトロンが作成した推計。ウェーハプローバはTechInsights, 2026年4月)、SEMI年央予測(2026年7月15日)。いずれも推計・予測であり確定値ではありません。世界WFEシェア約13%は当方の概算です。
- 株価・バリュエーション:2026年8月7日終値54,500円。時価総額は自己株式控除後454,651,196株ベース(自己株式を含む発行済468,032,733株で計算すると25.51兆円になり、媒体によって表示が異なります)。アナリスト予想PERはIFIS株予報・stockanalysis.comの集計値で、会社予想ではありません。
- 同名企業の注意:「東京エレクトロン デバイス(2760)」は別の上場企業です。本記事の数値はすべて東京エレクトロン(8035)のものです。
本記事は公開情報を複数系統で二重検証していますが、数値には集計方法による軽微な差異が含まれる場合があります。会計年度は3月末締めのFY表記(FY2026/3=2026年3月期)で、会計基準は日本基準です。株価・理論株価(EPS×15)は分割調整後の概算です。本記事の1株あたり数値は2026年10月1日の1対5株式分割前の基準であり、同日以降は5分の1になります。「実質PER」「正常化EPS」等は当方の推計であり会社開示値ではありません。会社見通し・市場予測・シェア推計は確定した事実ではなく、変動します。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではなく、個別の投資助言でもありません。当サイトは投資助言・代理業者ではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。本記事にはアフィリエイト広告が含まれます。
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